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イギリスの医療への市民参加に学ぶ

今年度から日本各地で議論が始まる「地域医療構想」では、計画策定プロセスへの住民参加を促すことが厚生労働省のガイドラインに明示されました。「地域医療構想」のレベルを高めるためには、地域住民の不安やニーズを十分に把握し、地域住民の目線で計画を立て、進捗をチェックする仕組みが必要だということを、国が公式に示した意義は小さくありません。

今回のコラムでは、イギリス(England)の医療への市民参加方法を紹介させていただきます。イギリスと日本の医療制度は大きく異なりますが、国の政治的なリーダーシップのもとで市民参加の仕組みが整備されたイギリスの事例から、これからの日本が学ぶべきことを考えたいと思います。

<学びのポイント>
  1. 全国のCCGリンク集のように、地域医療構想に関する各種情報を一元的に把握することができる仕組みをつくり、市民参加のハードルを下げる。
  2. Healthwatchのように、患者や住民ニーズを一元的に把握して政策反映させるための、公正中立な住民代表組織を全国に整備する。
  3. NHS Networksのような交流サイトを開設し、地域医療の政策やマネジメントに関心を持つ人材層の質と量を充実させる。

 

1.ブレア政権から始まった市民参加

イギリスでは、1948年に創設されたNational Health Service(NHS)が全ての住民に対して、予防医療やリハビリテーションも含めた包括的な医療保健サービスを原則として無料で提供しています。1980~90年代には保守党政権が医療費抑制策を続け、患者の待機期間の長期化や医療設備の老朽化等の弊害が生じて国民の不満が非常に高まっていました

1997年に政権を獲得した労働党のブレア政権は、NHS予算の増加を軸とする体系的な改革を実行し、待機時間の短縮と医療の質の向上を実現して国民から一定の評価を得ることに成功しました。

この時期の改革で重視されたのが、患者や住民の啓発と参加です。まず、個別医療機関に関する情報公開とガバナンスが徹底され、組織運営や意思決定に際して患者と地域住民に協議することが義務付けられました。病院の理事会(Trust Board)には住民代表も参加し、外部公開されているので誰でも傍聴することができます。また、家庭医(GP)の診療所レベルでも患者とのミーティング(Patient Forum)が定期的に開催され、診療所スタッフと地域住民がより良い医療の提供について議論する場が設けられています。

それとともに、住民代表として病院経営の意思決定に参画するにふさわしい人材の研修や任命を行うための第三者機関(NHS Appointments Commission)も設けられました。この機能は2012年10月にNHSの病院管理機構であるNHS Trust Development Authorityに引き継がれ、各病院の非常勤役員がサイト上でも公募されています。→公募サイトを見る

また、2003年には地域の医療政策に患者と住民の声を吸い上げるための住民評議会PPIフォーラム(Patient Public Involvement Forum)が全国600余りの地域に設置され、2007年の法改正でLINK(Local Involvement Networks)という独立組織に移行されました。

 

2.CCGの創設と住民参加の仕組み

2010 年に誕生した保守党を中心とするキャメロン政権は、新たな医療政策の基本方針「NHS の自由化-公平性と卓越性-」を発表しました。その後「2012年医療及び社会的ケア法(Health and Social Care Act 2012)」が成立し、2013年4月より大規模な医療制度改革が実施されました。この改革の目玉は、NHS直轄の戦略的保健局(SHA)や各地域のプライマリケアトラスト(PCT)を解体し、各地域の開業医(GP)を中心とする新組織CCG(Clinical Commissioning Group)に地域医療政策や予算権限を移行させたことです。

CCGは全国211地域(人口6~86万人/平均25万人ごと)に設置され、GPが提供するプライマリケア以外の地域医療資源(入院、救急、精神、周産期、予防、福祉等)の配分権限がCCGに与えられました。日常の診療を通して患者や地域の医療ニーズを最も的確に把握するGPに、地域医療サービスの質と効率を高める責任と権限を持たせる狙いです。

CCGの理事会は6名以上の議員(GPのほか病院専門医や専門看護師を含む)で構成され、そこには住民代表(Lay member)が2名以上参加することも義務付けられている。また、CCGの理事会は2~3ヶ月毎に開催され、各CCGのホームページで開催日程と議題が公表されているため、誰でも自由に傍聴することが可能です。

全国のCCGサイトのリンク集を見る

また、各地方自治体には、CCGのメンバー、地方議員、自治体及び後述するHealthwatchの代表者などで構成される「健康・福祉増進委員会(Health and Wellbeing Boards)」が設置されました。この委員会の目的は、保健、高齢者ケア、健康づくりに関して地域が抱える問題を評価し、政策に地域のニーズを踏まえた優先順位を反映させることにあります。

→キャメロン政権によるNHS改革の全体像は以下の動画がわかりやすいです。

 

3.Healthwatchの創設と住民代表性の確保

一方で、CCGや地方自治体から独立した立場で患者や地域住民を総合的に支援する新組織として、全国152の自治体ごとにLocal Healthwatchが設置されました。これは労働党政権時代のLINKを独立法人化させて機能の強化を図るもので、新組織への移行費用として中央政府から自治体へ32億ポンド(約5,000億円)の予算が交付されました。

Local Healthwatchは、地域の医療・保健・福祉に関する情報提供や案内を行うほか、患者や地域住民からの苦情や相談をワンストップで受け付ける総合窓口で、各拠点は2~10名程度のスタッフとボランティアにより運営されています。そして、寄せられた苦情に基づき医療機関を調査することや、Health and Wellbeing Boards のメンバーとしてCCGや自治体と協議する権限を有し、地域住民の代表組織としての存在が法的にも明確に位置づけられています。

また、上部団体であるHealthwatch Englandは、各地域から報告を受けて必要な支援を行い、保健大臣等に対して助言し、医療機関等を評価指導するCare Quality Commission(CQC)に介入を提言する機能も持っています。そして、Healthwatchという全国統一のブランド名で広報やメディア戦略を展開するとともに、各地域拠点も独自のWEBページやSNSでコンテンツや動画を発信し、住民への周知と啓発が積極的に図られています。

Healthwatchのサイトを見る

→Healthwatchの紹介動画に日本語字幕をつけてみました

 

4.人材を育てる仕組み

これまで見たように、イギリスでは医療への住民参加がさまざまな形で促されていますが、地域医療政策に携わる人材を育成し、知識レベルやモチベーションを高めることも重要です。

そのための方策の一つとして、NHS Networksという無料の会員サイトが2005年に開設されました。このサイトでは、各地域のCCGメンバー向けのガイドブックや動画のほか、様々なニュース、マニュアルやツール、ブログ、フォーラム、イベント、E-ラーニング等のさまざまな情報提供が行われており、目的や立場に応じてメンバー間の交流も図られ、2014年9月には会員数が10万人を突破しています。

NHS Networksを見る

NHSnetworks

 

5.日本が学ぶべきこと

2015年3月に厚生労働省から示された「地域医療構想ガイドライン」には、「患者・住民の意見を反映する手続をとること」と明文化されましたが、どのような方法で住民参加を求めるかは各都道府県に任されています。都道府県の自主性を尊重するあまり、これまでの地域医療計画の内容やプロセスには地域格差があり、今年度からの地域医療構想にも住民の意見が十分に反映されない地域が出ることが懸念されます。

日本でも地域医療への住民参加を進めるにあたり、少なくとも以下3つの事例は参考になると思います。

1点目は、全国のCCGリンク集が整備され、誰でも簡単に全国各地の政策決定に関する情報や会議等にアクセスできるようになっています。

日本では、地域医療に関する情報の所在や開示方法が都道府県ごとにバラバラで、必要な情報を調べるだけでも非常に時間と手間がかかります。まずは地域医療構想に関する各種情報を一元的に把握できる仕組みをつくり、市民参加のハードルを下げることが望まれます。

2点目は、Healthwatchという患者や住民のための独立組織を法律で定め、全国に同じ名称の団体が設置されていることです。

日本ではこれまで各種審議会や委員会等への患者・住民の立場の委員には特定分野の団体から選任されているケースが多く、多様な疾患の患者や幅広い住民ニーズの反映には疑問が残ります。日本でも、日本版Healthwatchのような組織を整備し、患者や住民のニーズを一元的に把握することができる公正中立な住民代表組織を整備することを検討すべき時期ではないでしょうか。

3点目は、地域医療の政策やマネジメントに関心を持つ人材層を厚くするために、NHS Networksのような交流サイトが活用されていることです。

日本の都道府県や二次医療圏の医療審議会などは、参加者の固定化や形骸化が進み、活発な議論が尽くされているとは言い難い状況です。インターネットを活用すれば、人材やノウハウが地域横断的に交流を広げることも可能です。

全国各地には、地域医療を熟知する現場の医師や、ビジネス界で活躍する組織運営や企画行動力のある一般市民など、地域医療構想をより良くすることに巻き込むべき優秀な人材がたくさんいるはずです。できるだけ多くの人材が地域医療構想に参加することで、地域医療政策のレベルが飛躍的に向上することが期待されます。

2015年05月25日 category : コンセプトノート 
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